この本のストーリーは、ゾウのパン屋さんの主人公が儲け話に踊らされてハッピーエンドといったものです。リアルパン屋の息子であるワタクシの人生とそっくりなので、自分語りついでに書評を綴ります。仕事と人生にお悩みの方は気晴らしに読んでくだされ。
町のパン屋に訪れる儲け話
ワタクシの家は町の小さなパン屋でした。物心ついた頃にはワタクシはパン屋で粉まみれになって遊んでいました。
ちょうど日本の経済がグングン上向いていた頃で、朝パンを焼いても午前中には売り切れて、どんどん焼かないと追いつかないほどでした。父さんも大忙しで、何人も職人さんを雇っていました。
ワタクシも子供ながらに店を手伝いながら(といっても邪魔していただけですが)、パン屋の楽しさを知ることになります。
パン屋がとても繁盛して小金を持った父さんは、この本に出てくるゾウさんと同じように色々な投資に手を出し始めます。
町のパン屋に訪れるリアル悲劇
そして、破綻はやってきます。バブル絶頂期には家族で海外旅行に行ったり、毎週末、高級レストランに食事に行ったりしていたのですが長くは続きませんでした。パン屋で儲けた金とさらに銀行から借りた金を今はなき三洋証券の営業マンに勧められるがままにNTT株や投資商品に投資していた父さんは、ほぼすべてを失うことになります。
高級住宅街にローンで買った庭付き一戸建てからも撤収し、借家住まいになってしまいます。
しかし、まだパン屋はあります。パンを焼きさえすれば生活に困ることはなかったのですが、しばらくすると店のすぐ近くに巨大なジャスコができてしまいました。そして、ショッピングモールの中にはパン屋が3つもあるではないですか!子供心に、ジャスコ=悪という意識がしっかり根付きました。ワタクシが未だにイオンで買い物をしない理由です。民主党にも投票しません。
町のパン屋の意地
パン屋の隣にあった果物屋が潰れ、向かいの弁当屋が潰れ・・とジャスコが小さな地域の商店街をゴミのように吹き飛ばしていきました。小さい頃からかわいがってくれた隣の八百屋「あおば」のおっちゃんも、ジャスコへの復讐を誓ってある日突然いなくなってしまいました。
そして、父さんのパン屋も客足が遠のき移転を余儀なくされることになります。移転先では、オープン当初はまずまずの客足だったのですが、バブル崩壊後の日本経済の沈滞に合わせるように、かつて飛ぶように売れていたパンが日に日に売れなくなっていきます。
しかし、パン屋にできるのはパンを焼くことだけ。喜んで買ってくれるお客さんのために、一日に200個ほどのパンを焼くのです。防腐剤を入れていないので、コンビニのパンとは違い腐ります。毎日、パンは焼かなければならないのです。コンビニのパンは未だにクサくて食べれません。
パン屋の息子にも意地があります。売れ残ったパンを友達に配るのがワタクシの喜びでした。
町のパン屋へのさらなる誘惑
本では状況は好転するのですが、リアルはハードモードです。状況はさらに悪化の一途をたどります。
売り上げが落ち続ける状況の中、父さんはなぜか新興宗教の人から幸せになるツボみたいなものを買って来るようになりました。毎晩、仏壇でお経も唱えます。そうすると店の売り上げは上がるそうです。
子供心に疑っていたのですが、やはり売り上げは上がりません。母さんとのケンカも多くなってきたのはこの頃からでした。
壊れていく家族の絆
Business card – front – spot UV / Stuart Frisby
バブルの頃はやさしかった母さんも、だんだんと疲れた表情をするようになってきます。本に出てくるゾウさん達とまったく同じだったとつくづく思いました。
ちなみに、そんな母さんはある日、超能力を持った人がいる!とワタクシを超能力者のセミナーに強引に連れていきました。
そこで、普通のおっちゃんがエイエイ!とワタクシに念を送ってくれました。ついでに、1枚1万円するTポイントカードみたいなカードを売ってくれました。
なんでもこのカードを持っていると幸運が訪れて、交通事故に遭いそうになっても車が宙に浮くとお話されていました。
ワタクシはこの超能力者のおっちゃんは、いい商売しているなーと感心したのですが、カードを持っているワタクシや家族にはさらなる不幸が訪れることになります。
町のパン屋はさらなる深みへ
売り上げが一向に上がらないパン屋はいよいよピンチになってきます。この頃にはワタクシも中学生くらいになっていたので、必死に店を手伝っていました。
しかし、店にやってくるのは、その頃父さんが始めたAムウェイの何してるかよくわからない人達でした。
家の中が高い洗剤だらけになり、やたらAムウェイの自己啓発ビデオを観ている父さんの姿を見て、息子もピンチを悟ります。
金が無いのに、Aムウェイの商品を買おうとするので、カタログを夜中こっそり捨ててやったら、やさしい父さんが初めて鬼のように怒り出しました。
お金は人を変えてしまう魔力を本当に秘めているのです。
最後に残ったモノ
Woman at Bakery – Timisoara – Romania / Adam Jones, Ph.D. – Global Photo Archive
焼き立てのパンはとてもいい香りがします。添加物の入っていない本物のパンの香りを知っている人はどのくらいいるでしょう?
Aムウェイの人達が寄り付くようになってから、今まで親しくしていた人達が父さんのそばから離れていきました。
しばらくして、父さんもそれに気づいたのかAムウェイの人達とも付き合わなくなりました。
最後に残ったのは家族と、パンのいい香りだけでした。この頃から、パン屋の父さんはやっとパンを焼くことに集中するようになりました。
パン屋の息子の決意
in the bakery: father and son / glasseyes view
そんな父さんの背中を見て、息子は父親を助けたいと思います。ある日、父さんにパン屋を継いであげようかと冗談めかして言ってみました。
すると、父さんは、パン屋は継いでくれるな、自分の好きなことをやればいいと言いました。
子供は案外悟ります。実は父さんはパン屋を継いでほしいと思っているけど、子供の幸せを考えてわざとそう言ってくれているのだと。
この頃から、家に笑顔が戻るようになってきました。
パン屋が売るモノ
パン屋はパンを売って半人前、幸せを売って一人前です。本に登場するゾウさんも、なんだかほっとするパンを作って店を繁盛させます。
パン屋はお客さんが笑顔で物を買っていく姿を間近で見られる数少ない仕事です。スーパーで牛乳を買って笑顔で帰る人はあまり見ません。なぜでしょう?
パンの香りが、朝、家族みんなで食卓を囲んで仲良く食べるイメージを運んできて、心地よい気分にさせるからだとワタクシは思います。
パン屋は幸せを売ります。パン屋がパンを焼いていれば幸せになれます。本来、仕事は楽しい、作者が伝えたいことが見えてきます。
儲からないパン屋でも?
Kids Tandem / Richard Masoner / Cyclelicious
あとは、お金との付き合い方が人生に大きく作用してきます。
お金はもちろんあればあるに越したことはない。ただ、あってもあってもこれだけじゃ足らないと儲け話に走ったり、不安を感じる人間がいるわけです。
結局、大切な人とのつながりを感じることが幸せにつながるのだよ!とゾウさん達とパン屋の父さんは教えてくれます。
まとめ
リアルパン屋の貧乏父さんの家で、ワタクシが見たのも、この本で読んだストーリーも結局同じようなものでした。
度重なる不幸が我が家を襲いますが、最後には、金がなくても家族で案外仲良くやってこれたので我が家は幸せな家だと思っています。
パン屋の父さんも10年ほど前に、ひっそりとパン屋を閉店し、今は気ままにタクシーの運ちゃんをしながら、たまに孫と遊んで楽しくやっています。
今でも友達に父さんのパンがおいしかったという話をされることもあります。パン屋の息子としての誇りを感じる瞬間でもあります。父さんには言いませんが。
ワタクシはというと父が歩んだピンチに次ぐピンチを乗り越える人生を歩んでいますが、ピンチには慣れっこなので案外平気です。超能力者のカードも持っていますし。
そして何より、大切な家族がいます。儲け話にそもそも乗る金もないですが、幸せをイースト菌のように発酵させて膨らませる方法を知っているのでとても幸せなのです。
近い内に、ワタクシも幸せを売るお店をやろうと思っています。そこで、ボケ防止のために父さんにパンでも焼かせようと密かに企んでいる今日この頃です。
ということで、書評というよりパン屋の話になってしまいましたが、仕事や人生にお悩みの方はこの本を読んでみることをオススメします。
「とか、なんとか言って自分が儲けようとしてるだけでしょ!」と思ったあなたにこそ素直に読んでもらいたい一冊です。